医療法人設立における行政指導 診療所開設実績の有無など

医療法人を設立するためには、各都道府県で設立認可を受けなければなりません。
必然的に役所とのやり取りが生じます。

役所から言われたことは必ず従わなければならないのか、従わなければ嫌がらせを受けるのではないか、手引書などに書かれたことは法律で定められたものなのか、それとも任意のものなのか、色々と疑問・疑念が生じることがあるかと思います。

行政とのやり取りについて、医療法人の設立や診療所開設を数多く経験した行政書士として、行政指導とはどういうものなのか考えたいと思います。

※あくまで当事務所の経験則及び私見に基づくものですので、全ての行政機関にあてはまるものではありません。 また、法律上の有効性を担保するものではありませんので、あくまで参考としてください。 当ホームページを示して(根拠として)他の行政書士や役所に主張することはお控えください。

診療所開設実績

医療法人の設立を申請する際に、診療所開設実績を問われることがあります。
これは法律上の要件なのか、なぜ都道府県によって違うのか、行政指導なのか、実績がないとしてはいけないのか、色々な疑問があると思います。

行政指導とは何か、どのような効力があるのか、などを交えて解説したいと思います。

【先に結論を記載しておきます】
医療法人を設立するための要件として、診療所開設実績というのは法律上必要ありません。

「〇〇県ではこのように決めている」とか「手引書に書いてある」と言っても、あくまで行政のお願いに過ぎません。(従う義務はありません)

行政指導とは

行政指導とは何ですか?
行政指導とは、役所が、特定の人や事業者などに対して、ある行為を行うように(又は行わないように)具体的に求める行為(指導、勧告、助言など)をいいます。
総務省HPより


行政手続法には、行政指導について次のように定められています
1.行政指導に従わないことをもって不利益な取り扱いをしてはならない
2.明確に行政指導を拒否したときはそれ以上行政指導を続けてはならない
3.行政指導の趣旨及び目的、責任者を明示しなければならない
なお、医療法人設立認可は都道府県の行為ですので、直接行政手続法は適用されませんが、各自治体には行政手続条例として法律と同様の定めがあります。

私権制限には法律の定め

日本国憲法第22条の職業選択の自由には「営業の自由」が含まれていると考えられています。
医療法人設立とは、この憲法で保障された営業の自由にあたります

憲法で保障された営業の自由(医療法人を設立する自由)について、制限を加えるためには、法律によらなければなりません。
正当な理由によって、法律で私権を制限することは認められます。

つまり、医療法人を設立するという行為は、憲法上で認められた権利ですから、本来は何人も自由に行い得るものです。
ただし、これでは不都合があるので、一定の範囲(憲法に反しない範囲)で法律で制限をしています。

医療法人の設立は、医療法や省令・規則などで要件を定め、その要件を満たした場合に認めるというような制限があります。
医療法人を設立しようとする者は、これら法令で定められた要件は満たさなければなりません。

法律や条令で私権制限できることについて

法律は国会、条例は地方議会で、それぞれ選挙で選ばれた者によって制定されます。
私権を制限するということは、そのような民主主義のルールに則ってはじめて出来ることです。

では、行政指導との関係性は、どのようになるでしょうか。

行政指導とは、主に法令や条令に基づかないものにあたります。従って、行政指導を受けた者は従う義務がありません。
あくまで、「行政によるお願い」という位置づけになります。

医療法人設立の過程で納得できないことがあったり、医療法人の設立が出来ない、申請書類を受け取れないなどと言われたときは、法令に基づくものなのか、行政指導なのかを見極めなければなりません。

そのときに、行政指導ですか?と聞いていただくのもよいのですが、役所は自分たちの行政指導の通りにしたいために、色々な方法で従わせようとします。
例えば、「〇〇県ではこのように決めている」「手引書にこう書いてある」などと言って、要件を満たさない、申請が出来ないと言われることはかなり多いです。

一般的に、役所からこのように言われると、あぁ要件を満たさないから無理なんだと思って諦めてしまうことが大半でしょう。
役所はこのようにして、いかにも法律上無理だと思わせるような言い方で諦めさせます。

〇〇県ではこのように決めている

役所では、事務処理をするための基準や考え方などを「内規」として定めていることが多いです。
仮に、内規に反していたとしても、その内規はいわゆる社内ルールですから、一般国民が従う義務はありません。
国民が従う義務があるのは、国会や地方議会で決められた法令・条令だけです。
ですから、その役所内でどのような決め事をしていても、内規を作っていたとしても、医療法人を設立しようとする者を制限することは出来ません。
もし、内規で国民の権利を制限できてしまうと、行政の都合でいくらでも私権制限が出来てしまうおそろしい世の中になってしまうからです。

手引書にこう書いてある

これも同様です。行政が自分たちの都合で医療法人設立を制限することは出来ません。
これらはあくまで、「行政指導」に該当します。
つまり、拒否できますし、従わないことをもって不利益な取り扱いや嫌がらせを受けることもありません。

医療法人を設立するという行為は、憲法で保障された重要な人権のひとつですから、役所の都合で制限されるべきものではありません。
制限したいのであれば、国会や地方議会で法律や条令として、堂々と制限すればよいのです。
なぜできないかと言えば、営業の自由も憲法で保障された極めて重要な人権ですから、これを過度に制限すると憲法違反になるからです。

問題になることが多い行政指導

診療所開設実績

医療法人設立において、最大の問題点がこれです。
医療法人を設立するには、1年や2年の診療所を開設した実績が必要だと言われ、申請を断念するケースが多いです。
法令は、医療法人を設立する要件として、診療所の経営実績などは一切問うていません。
また、厚生労働省の書面の中には、「医療法人設立に際して実績を求めることは望ましくない」とまで明記されています。

設立要件の一つに、安定的な運営が見込まれるというような要件があります。
役所は、この要件の判断基準として、過去1年(又は2年)の実績が必要と主張するでしょう。

しかし、1年未満であっても提出する書類で安定的な運営が出来ることを証明できれば、要件を満たすものとして取り扱う必要があります。

ここで、疑問が生じるかも知れません。

安定的な運営ができることを証明するために、事業計画や収支予算書を提出しても、役所はこれでは不十分だと言ったり、そもそも無理な数字を要求したりして、実質的に要件を認めないとするのではないか?

ここで、医療法人設立が、「許可」にあたるのか「認可」にあたるのかによって違いが生じます。

許可も認可も同じに思うかも知れませんが、法律上は明確に違いがあります。

医療法人の設立は「医療法人設立認可申請」となっていることから、「認可」にあたります。

許可と認可の最大に違いは、行政に裁量があるか否かです。
許可は、法律上の要件を具備した場合でも、行政には裁量があるため不許可とすることができます。(もちろん正当な事由が必要です)
一方、認可は、法律上の要件を具備した場合は、行政は必ず認可しなければなりません。認可しないという裁量がありません。

従って、医療法人設立認可の場合は、要件を具備した必要書類が提出されたときは認可をしなければなりません。
事業計画や収支予算書に難癖を付けて、実質的に申請書類を受理しないとか、諦めさせるとか、認可をしないということは許されないということです。

医療法人の名称

医療法人設立時、医療法人の名称について行政指導を受けることがあります。

医療法人の名称は、診療所の名称を入れなければならない、又は、〇〇会としなければならないと言われることがあります。
法律上、診療所の名称を入れるとか、〇〇会でなければならないという決まりはありません。
法律上、「医療法人」は名称の中に入れなければなりませんが、これ以外に決まりはありません。
ただし、全く自由というわけではなく、医療広告の規制に抵触する名称にはできません。

診療所の名称

診療所を開設する際、保健所から開設者(法人の場合は管理者)の氏名を入れる必要があると指導を受けることがあります。
最近は、かなり緩和されましたが、強く指導する保健所も未だあります。
また、地名などを入れることも不適切ということで不可とするところもございます。
そんなときは、一度、ネットで検索していただいて、本当にその地域では保健所の指導通りのクリニックばかりなのかを確認してみてください。
なお、地域によっては、医師会加入をしていると医師会に名称の承認をもらわなければならないという地域もあるようです。

原則、名称は自由です。
ただし、医療広告に抵触しないものとしなければなりません。

行政書士が関与することについて

行政書士は資格試験の過程で行政手続法を学びます。
当然、行政指導について、一定の知識を持っています。

医師や事務員が都道府県へ出向いて医療法人の設立手続きをした場合、行政指導が壁になることがあります。
役所は行政指導だと分かった上(従う義務がないことを知った上)で、何とか従わせようとします。
例えば、しつこく行政指導を繰り返す、不利益を受けるかも知れないと匂わす、法律上の決まりであるかのように誤認させるというようなやり方が多いです。

行政書士は、法律上従う義務があるのか、行政指導なのかがわかりますので、役所はしつこくしてきません。
また、法律上の要件にない事項を根拠に医療法人の設立が出来ないとか、認可されないなどという諦めさせようとする行為も防止できます。

役所は一旦NOというと、なかなか意見を変えない傾向があります。簡単に変えると、前言はなんだったのかと言われてしまうためです。
もし懸念事項があるのであれば、初めから行政書士同伴で事前相談に行くとか、行政書士に初めから依頼してしまうなど、行政書士を関与させた方がスムーズに進みます。
もちろん、懸念事項が全くない場合は、本人申請であっても問題はございません。

あくまで懸念事項がある場合や、行政とのやり取りが苦手な方は、最寄りの行政書士(できれば医療法人設立の経験がある方)にご相談いただくとよいかと思います。

最後に

役所と争うことは、必ずしも得策とは言えません。
役所と協議する際は、感情論ではなく、根拠を提示してお伺いするという姿勢が良いかと思います。
相手方も感情のある人間ですから、上手く協議していただくことで、ある程度お互いに妥協し合ってスムーズに進むことが多いです。


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